「ジュディス、いるー?」
ドアを数度たたいて返答を促すも、声はない。おかしいな。
「ジュディスー? ご飯だよー?」
やはり返事はない。
応える声はないけれど、部屋にはいるはずなのだ、が。
(……ごめんなさいっ)
悪いかなと思いつつ、そう心の中で呟いて、ガチャリと音を立ててドアを開ける。
空の名
唖然と。
ぽかんと口を開けて、僕の動きは止まっていた。
「カロル?」
どうやらノックにも呼びかけにも気づいていなかったのか、澄んだ声が小さく疑
問形に僕を呼んで。
紅い夕焼け色の瞳が僕を映している。ことに気づく。
ようやくそこで我に返って、ジュディス、と。
呼びかけようとして。
『静かに』
と声を出さずに指を立てて口に当てる、その仕草にまた僕ははた止まる。
しかし僕が呆然として目をぱちくりとさせると、彼女は穏やかに笑んだ。
「随分疲れていたみたいだから……もう少し、眠らせてあげて?」
いつもの彼女からは出ないだろうひそめられた声に、僕は気づけばこくりと頷い
ていた。
確認して彼女はまた性質の違う笑みを浮かべ、一瞬きで視線を元に戻す。
手袋のない、仄暗い髪を梳くその手は、ひどく優しい。
「……レイヴン、ここに居たんだね」
仲間達はみんな口をそろえて『またぶらりと出かけたんだろう』と言っていたか
ら、自然と居ないと思っていたのだけれど。
どうやら外には行っていなかったらしい。
微かな寝息が心地いい静寂の中穏やかに響いている。
「カロルは、どうしたの?」
「あ……お昼だって」
「あら、もうそんな時間なのね」
「あ、いいよ!」
動き出しかけた彼女を声を上げて制するが、声の大きさに思わず口を押さえる。
随分眠りが深いのか、ぴくりとも動かないことに安堵する。
「寝てるって、言っとくから。お昼は後で僕が持ってくるよ」
「……いいのかしら?」
彼女は少しすまなさそうだった。そんな顔、しなくていいのにと思った。
「うん。……疲れてるみたいだから、寝させてあげて」
多分ジュディスが離れたら、起きちゃう気がするから。
「……それじゃ、お願いするわ」
後ろの木枠に嵌め込まれた窓からは、鮮やか過ぎるほど真っ青な空が覗いている。
微かな寝息を背に、音を立てぬよう静かにドアを閉める。
空気がドアを境にふつりと切れて、思わず息をついた。
そのまま歩きだすことはせずドアに背中をもたれかからせる。
(―――レイヴンも)
浮かび上がった言葉に閉じた眼を開く。
(あんな風に、眠れるんだ)
不意によぎる。
空とは彼女のことなのだと、勝手にそう思っていたけれど。
もしかしたら彼女じゃないのかもしれない。
だって、空がなければ鳥は飛べない。
今日見たことは僕だけの秘密にしておこうと思う。僕と、ジュディスだけの。
一つぐらい僕しか知らないことがあってもいいと思うんだ。
たぶんそれを皆の前で言ったら、リタにまた殴られるような気がするけれど。
それはそれでいい。僕だって秘密の一つや二つ守れる。守りたい。
僕は今日もう少しだけ大人になる。子供が嫌なわけじゃない。ただいつまでも子
供のままじゃ、いけないんだ。だってそれじゃいつまでも皆の背中に追いつけない。
首領だからっていうのも、あるかもしれない、けれど。
幸せになってくれれば、いいな、なんて。
そんなことを、思ったりもした。
一人納得して、駆け足で廊下を駆け抜ける。
その足取りはどこか、やってきた時よりも、軽かった。
どうも私ん所のカロル君は純粋です。あれ? もっとわんぱくなはずなんだけどな?
レイヴンはジュディスのところでだけぐっすり寝られるといいです。
カロル君が見た光景はご自由に想像ください、ということで。